お茶に落雁はいいものである。 舌の上へさらりと粉が散ったところへ、 茶の味が流れてすうーっと行くと、後は光風霽月、さらりとして少しのこだわりもなくなるのである。
菓子の味にはこの趣きが大切である。 すべてべっとりといつまでも舌へ甘みが残るのは、 菓子の下の下に属すべきもので、舌へ載ってにわかに甘みが出ず、無あじの如く淡々たる中に、 自然にうす味が湧いて出るのが三昧境である。
この甘みの本当の神境は、純日本の砂糖でなくては呼べない。 外国から来るものなどの味は、どうしてもただ甘いというだけで、風格がないのである。 四国の砂糖、ことに阿波の板谷郡松島村という谷間のようなところから出る「和三盆」、この砂糖でなくては、すべて本当の菓子の味は出ないのである。
上は『味覚極楽』にあった黒川光景氏の話です。 黒川さんは一体誰なのかというと、 昔の虎屋の店主です。 大変勉強になる話でした。 これから虎屋の羊羹をかじるときは、姿勢を正すことにします。
それでは黒川さんに敬意を表しながら、羊羹作りをはじめます。
※落雁(らくがん)はもともと宮中のお菓子です。ある日公卿が、 表面にはイロイロ模様があるのに、裏のほうには何にもないことに気づいて、 ああ裏が淋しい、うら淋しいというところから秋の雁を思って、落雁という名をつけたそうです。 ちなみに三昧境とは、忘我の境地のことです。
羊羹を作ろう!と思い立ったらまず真っ先に、小豆(あずき)へ手を伸ばしてしまいそうになりますが、ちょっとまってください。
まずは寒天(8グラム)を、水に浸して柔らかくしておく必要があります。 今回、ようかんを作り始める3時間前から水に浸しておきました。
それでは小豆(250グラム)を洗いましょうか。 流水でジャリジャラと小気味好い音を立てながら洗います。
洗った小豆を鍋に入れて、ヒタヒタの水を加えてから点火します。
沸騰するやいなや、まるでソーメンでも湯がくときのように、 ビックリ水(単なる冷水)を注ぎます。 すると沸騰は収まりますが、じきまた沸騰してきますので、
そうしましたら、湯を全部捨ててしまうのです。
※ビックリ水を注す事で、豆表面の加熱が一時的に抑えられて豆の中までじっくり水が吸収されていくようになります。
小豆はザルにあけて、ジャルジャルと少し洗ってから鍋に戻します。
そしてまた水を張り、沸騰したらビックリ水をさし、再沸騰後湯を捨てて、洗う。 というまったく同じ工程をもう一度繰り返します。 赤飯作りの時と同じです。
そして3度目の正直、小豆を鍋に入れ水を張り、 今度は小豆が柔らかくなるまで2時間ばかり、煮るのでした。 指でつまむと難なく「クシュリ」と潰れてしまうぐらい柔らかく煮てください。
おはぎ等に用いる餡(あん)を作る場合は、柔らかく煮えた小豆へ砂糖をどっさりと加え、練り合わていくのですが、 今回は「滑らかなる漆黒の羊羹」を作るわけですからそんな乱暴なことはできません。 丁寧にこしていくのです。
柔らかくなった小豆をザルにとり、その下へボールを重ねます。 そしてヘラで丹念に、小豆をこしていきます。
はじめのうちは順調にこしてゆくことができますが、次第に小豆がもたついてきて、思うようにこせなくなってきます。 そしたら小豆へ、 まんべんなく水を回しかけます。 するとまた順調に、こしてゆけるようになってくるのです。
というように、随時水をさしながら小豆のコリをほぐし、丁寧にこしてゆくわけです。
ザルの下にそえたボールには、次第に「水まじりのこし小豆」がたまってゆくことでしょう。 それにともない、ザルの中には小豆の皮だけが残るようになってゆくでしょう。
こし小豆はザルの底にこびりついていたりするので、時折ザル底をこそいでボールに落とす必要があると思います。
ザルの中にある小豆の皮が、カサカサお茶のダシガラのようになったらこす作業は終わりです。
ザルをのけると、このようにペースト状の小豆がたまっています。 ざっと混ぜ合わせてから、
今度は裏ごし器にかけます。 下にボールを置いて、そこへためるようにしてください。
次第に小豆がもたついて、下に落ちにくくなってくると思いますから、ここでも随時水をさしてやわらげ、こすようにします。
こしおわると、ボールには、滑らかになった小豆がたまっているはずです。
滑らかになった小豆の上から静かに水をたっぷり注いで、30分ばかり放置します。
すると小豆は沈殿し、うっすら色のついた水は上にたまっているハズですので、その上澄みだけを流し捨てます。 さらさらと、細かい小豆の粒子が水につられて流れ出ようとしますので、うっかり一緒に流してしまわないように注意してください。 この作業で、 粗い粒やよごれが除去されるのです。
※この作業、なんだか「砂金採り」を連想してしまいました。 やったことないんですけどね。 是非やってみたいです。
上澄みを捨てた小豆を、今度はさらしでこします。 ザルの上にさらしをしいて、そこへアズキを流し込みます。
そしてさらしの口をすぼめて、ギューッと絞り込むのです。
※小島政二郎の『食いしん坊』に、素人羊羹名人の話がありました。 【引用開始】私の知人で、素人ではあるが、羊羹を作る名人がいる。 〜中略〜 餡をこしらえる時、十人が十人小豆を袋に入れて漉す、ところが、その人のは、両の手のひらで茹で上がった熱い小豆を摩り潰すのだ。 それが秘訣だと言っていた。 その代り、 両の手のひらが焼けどをしたように真赤になって、四五日はヒリヒリするそうだ。
この人のこしらえる羊羹は、駿河屋、虎屋、その他ありとあらゆる菓子屋の羊羹と違って、アングリと口へ含むと、 ホンノリと小豆の香が立つ。 それから菓子屋の羊羹のように、ギューッと歯ごたえがあって、 容易に噛み切れないなんてことはない。 歯に従って素直に噛み切れる、その歯当りの柔らかさが、得も言えない。【引用終わり】
十分絞りこんでからさらしを開くと、そこにはアズキの塊がありました。
この光景ってどこかで見たことがあるような・・・。 ああ、豆腐作りのときですね。 豆腐の場合、絞った汁(豆乳)を使って豆腐を作ります。 そして絞りカスは「おから」です。
羊羹作りでは、おからにあたる「大豆の塊」を用いるわけです。 大豆と小豆は同じマメだし、もしかすると大豆でクリーム色の羊羹が作れて、小豆の絞り汁で紅色の豆腐ができるのでは・・・。
※今回、250グラムの小豆が285グラムの「あずきの塊」になりました。 漉し方や、しぼり具合で若干違ってくると思います。
そろそろ寒天が柔らかくなってきた頃でしょうか。 水を吸った寒天をギュッと絞り込みまして、
※この時点の寒天は、まるでビニール袋のような質感と見た目をもちます。
鍋にちぎり入れ、寒天が泳ぐぐらいの水を注いでから火にかけます。 かき混ぜながら、5分も煮れば、姿かたちは無くなります。
そこへ砂糖(285グラム)をドッサーッと加えて、混ぜながら煮込みます。 水気が足りない場合は水を足します。 砂糖が溶けてなくなるまで煮続けます。
※大豆の塊と同じ量の砂糖を用いました。
砂糖が溶けたところで、小豆の塊を投入します。 この際、ザルで漉しながら入れるとダマになりません。
今回作るのは練り羊羹でありまして、これから中火で火にかけながら、ヘラで絶えずかき混ぜ続け、しっとりトロトロ煮詰めていくのです。
※寒天の分量が多く、硬いものを練り羊羹、寒天が少なく、柔らかいものを水羊羹というそうです。 又、小麦粉を加えて蒸して作る蒸し羊羹もあります。
どの程度まで煮詰めるとよいのか? それは、ヘラを持ち上げたときにツーッと鍋まで糸がたれるぐらいです。
※「羊羹」、これには私どもはずいぶん苦心する。 と黒川さんはおっしゃいます。 【引用開始】餡を煮つめている時に、もういいという一呼吸の瞬間がその羊羹の運命を定めるので、 じっと眸(ひとみ)をこらしてこれを見詰めているのである。 ほんの一と呼吸である。 それを見誤ったり油断したりすると、味は大体同じようだとしても、歯ざわり舌ざわりが承知をしないものが出来あがる。
「羊羹」といっても、練り、蒸し、みず、もち、じょうよ(ナガイモ)の五通り。 それぞれに変わった味で伝わってきたが、餡は「湯煎」にするのがいい。【引用終わり】
熱いうちに型へ流し込み、粗熱をとってから冷蔵庫にて水平状態で冷やします。
型から抜く場合、フチに沿って薄刃包丁を一周入れて、ひっくり返すと簡単でした。
甘さ控えめな羊羹です。 質感、食感ともまさに羊羹。 満足のゆく仕上がりでした。
※今回の分量で、金の延べ棒サイズの羊羹が一本できあがりました。 黒川さんいわく、煉羊羹は、指で押すとピンと跳ね返るような弾力がなければならない、そうです。
羊羹は羊の肉のスープとして中国から伝わりました。 でも肉食を嫌った日本で材料が変化しました。 今の形は江戸時代に生まれたものです。
11/02/03