仲良くさせていただいている中部地方のご夫婦が、いつもこの時期日本酒を届けてくれるのですが、今年はいつになくめぼしい銘柄が無かったそうで、いえいえそんなわざわざ結構ですと返事をしていたら、時にはちょっと趣向を変えてお菓子でも、とおっしゃるので、え・お菓子……と内心思っていた所、いざ届いた包みを開けば栗きんとんが入っており、そもそも左党の私はめったな事ではスイーツを口にしない人間であり、
かといってせっかく送ってくださった品をないがしろにする事もできず、恐る恐るひとつつまみ上げ口に含んでみたのです。
思わず首を45度右に傾けて煌々とする月を眺めては、二度噛めばあっけなくそのきんとんは口中でほどけて舌の上で溶けていったのです。
なんでしょうこの自然な甘さは……これまで経験した事のない上質で豊かな旨味に私はここで初めてその菓子の包み紙を隅々読んだのでした。
すや。 すや。 この只事でない栗きんとんを造り上げたのは、岐阜県中津川市にある老舗の和菓子屋さんでした。
もちろんすやさんみたいにはいきません。 しかし栗と砂糖だけで作られたこの銘菓を、一度自分の手で生み出してみる必要が、料理を生業としている私にはありました。
そこでじっと、まるで岩の下に住む沢蟹みたいに栗の出回る頃をずっと待ち構えていたのです。
まず栗を蒸します。 茹でてもよかったのですが、蒸したほうが美味しくなる予感がしたのでそうしました。
蒸しあげた栗の粗熱を取ったら半分に切り、ほじほじ匙で中身を取り出します。 軽くこねて砂糖と合わせたら、ちょうど栗みたいな大きさにまとめて固く絞った濡れ布巾の上に乗せ、キュッとしぼって形を整えます。
何度かしぼっているとやがて自分の理想としている形とサイズを作る事ができるようになって喜びを得ます。
砂糖の量もお好みで、何なら砂糖をほどんど入れずに作ってみても、それはまた、人生で初めて栗の美味しさに感動した瞬間でもありました。
栗の美味しさに目覚めたからにはアレコレ試してみるしかありません。 焼き栗は、名の通り単に栗を焼けばよいだけの話ですが、栗をそのまま網に乗せて焼けば、やがて栗はあたかも昔話のようにバチンと弾けて飛びかかってくるでしょう。 そこで事前に栗へ刃を入れておき、じっくり転がしながら焼くんです。
食べてしまうのが勿体ない程の美しさを持つのが甘露煮です。 しかし栗って手に取りしげしげ眺めると、可愛らしいですものね、根付のテーマによく用いられる理由がよく分かります。
栗の鬼皮をがんばってむいて、渋皮も丹念に取り除き、サフランで美しく発色させた湯でじっくり茹でます。
その後砂糖水でじっくり煮詰めてそのまま冷ませばハイできあがり。
この秋すでに三度も栗ご飯を炊いているのは家族にとても評判良いからです。 栗を丸のまま一晩水に浸しておくと、いくぶん皮が柔らかくなるのでむきやすくなります。 その皮をむいて三つに切って、研いだお米ともち米を合わせて炊き20分蒸らします。
いっそシンプルに茹でて食べたいという方が圧倒的に多いみたいですね。 栗を鍋に入れたら塩を入れ水を張り火にかけ、40分中火で煮てそのまま冷ますだけなんです。
「皮の渋さも楽しんでしまえ♪」 という先人の知恵に驚かされます。 鬼皮だけむいて30分煮て、渋皮表面の筋を竹串で丹念に取り除き、ほのかに甘辛く煮詰めるのです。 きんとんに次いで、この渋皮煮が好きです。
では豊かな栗ライフを!
21/09/19