17時の開店に間に合うように向かったものの、着いたのは半過ぎでした。
すでにカウンター焼き場前の特等席は、七十代のお客三人組に独占されており、明るい笑い声が店内に響いております。
まずビール、と思いましたが地味に外が肌寒かったのでいきなりお燗を注文です。 突き出しは煮豆。 なおさら日本酒にして正解でした。
時代のあるお燗器へ据えられた徳利へ、一升瓶からトクトク酒が注がれます。 中には首に輪ゴムのかかった徳利がありますが、これは銘柄の違う酒を区別する為そうしています。
ぬるめの燗が、すきっ腹にめっぽう染みわたりまして。
焼き場では銀髪の美しい店主がせわしく串を焼いています。 五分に一度は hi-lite を取り出してモクモクしている姿が微笑ましく。
お客三人組の一人:「ホラ、あのテニス部の、なあ、あの任侠映画に出てた女優と似た、なあ、あの…」
お客三人組一同「岩下志麻似の石川!」
いくつになっても男子が盛り上がるのは女子の話題ですね(笑)。 三人は中学の同級生なのだそうです。
彼らはものすごいペースで徳利をジャンジャン空けていき、舌がよく回るようになったところで店主と話し始めたら、なんと店主と同学年だったらしく。
お客三人組の一人:「いつお店継いだの?」 店主:「五十過ぎてから」
と、今度は四人で昔話に花を咲かせたのでした。
なんと150年以上の歴史がある酒場だそうで。
六時を回ったあたりから続々とお客が訪れ、中には私みたいな一見さんも混じっておりましたが皆、老舗の常連は飲み方が綺麗ですね。
一人客も多く居て、カウンターに両肘をついて思い想い肴をつまみながら黙々と酒を静かに呑む姿は格好良かったです。
驚いたのは、私が店を出る少し前に入ってきた常連さんでした。
カウンターにわずかな空きがありましたが、その方が座る席は決まっているそうで。 例の三人組が座っている中のひとつです。
その席を待つために、腰掛けに座って待つことになるのですが一体おいくつだと思います?
九十歳を過ぎているんです。
身なりは小奇麗にしておりますが、半ば寝転ぶようにして椅子にもたれかかるようにして待っています。
これまで無数の酒場で飲んできましたが、これほどご高齢のお客を見るのは初めてでした。
待ちの客がいる事に気づいた三人組はすがすがしく会計を済ませてゲラゲラ笑いながら店を後にしましてね。
ようやくお爺さんは自分の席に着けたのでした。
座るなり女将さんから専用の猪口を手渡されました。 酒が運ばれてくると手酌で力強くグイ、グイと杯を空けていきます。
私はまさかの飲みっぷりにボー然とその姿を見ておりました。
カウンターの端にはかなりデキアガっている常連さんがいて、そのお爺さんとも顔なじみらしく、時折声掛けしているのですが老人はそれを、「そう、ほー」と、軽く受け流すように相槌を打つだけで、焼き鳥をつまみながらひたすら飲み続けるのでした。
なんでも27歳の時からこの店に通っているそうで。
店に入る前から何を食べるのかを決めていましたそう、とり皮なべです。
たまにとりもつ鍋を作る事がありますが鶏の皮に特化した鍋なんて一体…と夜も眠れず空想していたのです。
出された鍋は、まさにお店自身を表しているような、ムダを省いた毅然としたものでした。
主役の鶏皮は、一旦湯に通して脂抜きをします。 こうすることでしつこさが出ず又、つゆの表面に油の玉がギラギラして品が無くなるのを避けています。
皮から旨味が出るのでダシは使いません。 鍋に水を張り、みりんと醤油だけでアッサリ調味します。
具材はタマネギ、豆腐、糸こんにゃくに高野豆腐。 どこかすき焼きを彷彿とさせますが、何せ店の歴史はそれが広まる以前から始まっているのですから独自のチョイスなのでしょう。
軽く煮たところで、鶏皮を入れて引き続き煮込みます。 皮にやや、つゆの色味が染みたらネギと七味を散らします。
19/04/14