このところ立て続けに二つの素晴らしい「あら煮」と出会いました。
あら煮といえばブリ大根に代表されるよう、魚の骨やヒレ、切れ端等つまりアラを甘辛く煮て、骨からにじみ出る旨味を基に美味しくいただこうという伝統料理です。
せんべろの聖地のあら煮はこんなのでした。
その店はとにかく鮮魚がイチオシで中でもマグロ、これに関しては店主が猛烈なこだわりを持っており、どのテーブルにもマグロの刺身が乗っているという混雑必至のヤバい店です。
とにかく盛りが凄まじいものですからアレもコレもと何皿も注文できないのですが、フと目についたあら煮300円の文字に魅了されて注文してみれば、 間髪入れずに出てきたのは一見ごく普通のあら煮でした、メガ盛りだという部分を除けば。
「意外と普通だな」
と思いながら何気に口に入れた瞬間カミナリに打たれまして。
このあら煮、「あら」とは言いながら入っているあらが全部、マグロなのでした、しかも大トロを切り分ける際に出る腹骨やその膜といった周辺です。 肉も魚も、骨に近い部分の肉が一番旨いんです。
口の中でマシュマロみたいに溶けてゆくのですあらが。
その上品な脂はほんのり大根を包みこんでおりあまりの美味しさに魚の煮付けの王様であるぶり大根が霞んで見えます。
もはや刺身の事は置いといて、延々とあら煮をつまみながら青酎をガビグビ飲んだ夜でした。
日を改めてこの店は、何でも鮮魚店が経営に加担しているとかいう海鮮酒場で、せんべろとは真逆の立ち位置におりますところ、その品質の高さで「居酒屋界の四番サード」と表されるほどの実力店です。
この店の良い所は突き出しが無い事。
「お客さんが食べたいものだけを気持ち良く食べてもらいたいからで押し売りはいけねえ」という男前すぎる経営理念を持つ百年後も残っていてほしい世界中に宣伝したい名店です。
メニューを見ていたら「名物 あら煮」の文字を見つけましてね。
一体いくらだと思いますあら煮。
アハ、100円です百円。
いまどき100円のメニューなんて店で見た事ありますかね、無いですよね。
すぐさま店員氏を呼んで質問する事にしました。
「100円てどういうい事なんですか、名物なのに何なんですか百円て」
と。
するとキッパリこう答えられました。
あのー、ウチは突き出し無いじゃないですか。
でもまずなんつーかこう、食べたいものを選んでいただく前にちょっとしたモノをつまんでおきたいお客さんもいると思うんじゃないですか。
そこでこのあら煮なんです。
別にこれで利益をだしてどうのこうの、ではなく店からのサービスですね。 だから突出し代わりにつまんどいてね、的な意味合いで100円です(笑顔)。
という事でした。
注文しますよもちろん。
速攻出てきたあら煮は小鉢へ上品に盛り付けられており、イメージしていたものと大きく異なりました。
あら煮なのに骨の姿がどこにも見当たらないのです。
鉢の中には少なくとも五種の魚の切れ端が盛られております。
一口つまむなり「嗚呼…こういう事なのか」と一瞬で悟りました。
あら煮は通常、醤油と砂糖や酒、みりん等で甘辛く調理されているものですよね。 ところがコチラ、おだしでほんのり炊いてるだけなんですあらを。
で、あらというと骨やヒレ等と冒頭で説明しましたが、この鉢に骨は一切入っておりません。 「身だけ」なのです。
つまりどういう事かというとですね、愛読書の『私の食物誌』で池田弥三郎さんはこう言っておりました。
「どうして料理屋の刺身は美しくて美味しくて、一方家庭での刺身はそうでないのか」という問いかけです。
答えは簡単で、料理屋さんは魚の冊の格好良く見栄えのする部分のみを用いて端のほうは使わないのが流儀で、対して家庭では冊を奮発して買ってきたならば、その全てを余すことなく使い切るのが普通。
であるからなのですまさに決定的な違いですね家庭じゃ当たり前ですだってもったいないですもの。
つまりこの四番サードは、刺身に用いた鮮魚の切れ端を用いて名物あら煮をこしらえているというワケです。
今回のあら煮を覚えておくと、料理屋みたいに大胆な冊の使い方をしても、切れ端はこうして活用できますから、料理の見栄えアップにもつながりますね。
超簡単です。 宴会等で刺し盛りを目にしたならば、所々一切れずつのけておくのです。 そして昆布とかつおでだしを引き、切れ端をコトコト静かに炊くだけです。 甘味は控えめに、そして色味もアッサリしておいたほうが良いですね。 なので下味として塩を用いて醤油は薄口でまいります。
魚をつまんでは一杯そして時にはつゆをススりながら一杯、と楽しめます。 食べ終わったらたぶんつゆが残りますから、そこへ素麺でも入れて煮れば華麗に〆る事ができます、万歳!
18/08/30