『ホモ・デウス』を読んでいたら今から25年前のエピソードに行き当たり、「そういや俺25年前何してたっけ?」と本を閉じ顎鬚をさすりながら考えてみたら、案外思い出すものですね。
その頃地元でよく通ったお店にお母さんが営んでいる小料理屋があって、小道を進むと今もしっかり提灯に火が灯っておりました。
創業125年の老舗です。
戸を開けば清潔感あふれるお母さんがやさしく「いらっしゃい寒かったでしょ」と声をかけてくれ、それがなんとも心に嬉しく、つい田舎の婆ちゃんを思い出してしまうこの店の空間が好きでした。
カウンターには惣菜の入った大鉢が並んでいて今日はどれを肴に飲もうかと思案する時間が実に楽しく、そうしていると「今日はこのひじきがおいしかヨ」と勧めてくれたりするんです。
絶妙に寝かされ旨味にあふれる鯛の刺身。 鯨肉と一緒に炊いたジャガイモは煮すぎていないから心地よい歯ごたえが残っていて、味付けも濃くなく上品です。
一体どのように揚げたらこれほどまでにサクサクした食感が生まれるのでしょう!モチウオが頭から尾まで全部かじれます。
そして誰もが必ず注文するのがこの店の名物、おじやなのでした。
ご飯を水で洗ってザルにあけ、鍋に入れたらお気に入りの出汁を注ぎます。 かつおだしが定番ですが、鶏ガラのスープもよく合います。 もちろん鍋を楽しんだ後のスープを使うのも最高でしょう。
コトコト炊いている間に胡麻を炒って丁寧にあたります。 この際少し胡麻をのけておくのをお忘れなく。
鍋のご飯がふんわり膨らんだら卵を溶いて流し入れ、醤油をたらして軽く混ぜます。
仕上げにあたり胡麻を振りかけておじやの表面を覆いつくし、刻みネギを散らしたらのけておいたゴマをパラパラまぶします。
この「W胡麻」こそ妙味の秘訣で、あたった胡麻はなめらかに汁の中へ溶けこみコクを産み、そうでない胡麻は口中プチパチ小気味よく、ひと匙食べればもう、器の底が見えるまで手を休める事ができなくなるのでした。
このお店はホスピタリティにあふれています。 傘を忘れたらキチンと保管してくれていて次の時に「ハイ」と渡してくれたり、手が空いていそうなので先におじやを注文しておいたらコチラが飲み終るまで出すのを待っていてくれたり。
観光客が三人で入ってきて、おじやだけを二杯注文してそれをシェアして食べ、他は一切注文せずに会計をしても心からの笑顔でもてなします。
結局店の前に立ち以上の話を懐かしみながら、しばらく入るか入るまいか悩みましたが、あえて止めました。
20/01/25