元・漁師から二年ぶりに連絡があったんです、「また漁師になったよ」と。
彼は大手金融会社に長年勤めておりましたが突然「漁師の頭に俺は成る!」と宣言して帰郷してきました。
なんでもUターンして漁師になると国や県から資金補助が出るそうで、聞けば船の購入から住む場所の手配、そして漁を一から教えてくれる師匠の斡旋までしてくれたそうで、そりゃ喜んでおりましたよ当時。
そんな厚遇ならば私も漁師になりたいぐらいでした。
ところがひと月ばかりした頃からグチりだすようになり、だまって聞いてやっていましたが三か月後に彼は忽然と姿を消したのでした。
それから二年間、一度も連絡がなかったという事でして。
漁師をドロップアウトした後は全国各地を転々とし、時には型枠大工をし、またある時には巨大物流センターの夜勤をして生活していたそうです。
それが再び漁師になったのは今年二月の事だといいます。
なんでも色々想うモノがあってやはり自分の生きる道は漁師だという結論に落ち着いたそうで。
漁のキャリアはじき半年を迎えますが、全てが充実していると安らかな顔で語ります。
漁の道具諸々必要なものは全て自分の貯蓄で揃えたのだと胸を張ります(そりゃそうだ)。
料理もいくつか覚えたらしく、得意料理をいくつか出してもらいましたが、中でも出色だったのがこのイカの黒味あえでした。
漁の仲間に教わった品だそうで、オリジナルでは全てに火入れがしてありました。
つまりこうです。
まずイカをさばいてスミ袋を破らぬように抜き、サッと湯がきます。 身のほうは筒切りにして同じく茹でて、冷まします。
あとはゴマを炒ってあたり、味噌と砂糖を合わせて練り、そこへ墨袋を入れて黒々かき混ぜたらイカの身を投入してあえる、というものです。
たしかに美味しいし、私もこれまで口にした事のない面白い組み合わせなんですよね。
でもなんで、メチャ新鮮な素材が軽々手に入る島に住んでおりながら、火を入れてしまうのだと私は憤慨したのです。
つまんでみてすぐ、これはレアで作ったほうが美味しいなと確信し、発泡スチロールの箱からイカを一杯取り出してきては試してみたんです。
もう最高でしたね。 スミも生で使うからあの旨味が活きるんです。 本人も「おぉ、やるね」といいながら几帳面にロディアのメモパッドを開いて注釈しておりました。
今回用いたのは剣先イカです。
イカの塩辛といえば肝の沢山入ったスルメイカ、で仕込むのが定番ですが、この島でも獲れないんですってスルメイカ。
ひと昔前までは三千円出せばトロ箱一杯買えたものですが、もはや超のつく希少品になってしまったのですね。
それにしても目の前に沢山イカが並んでいるのでどうしても塩辛を作りたい衝動がこみ上げてきましてねえ。
「ケンサキは肝ん無かけん、塩辛はキビしかやろが」と彼は言いましたが何をアンタ、それでも漁師か。
我々には、スミがあるやろもん!
イカの墨にはタコのそれの30倍もの旨味があります。 これを活用しさえすれば、塩辛なんて朝飯前です。
イカを刻んで、6%程度の塩を振って日本酒をたらしてよく混ぜて、冷蔵庫で一晩寝かせます。 ちなみに日本酒には数千ものうまみ成分が含まれています。
翌朝ザルにあけて水気を切り、イカの墨袋を入れてグルングルン混ぜるんです。
そして混ぜては冷蔵庫に安置する事を三日もくり返せば、堂々旨味にあふれる塩辛の完成となります。
この黒作りこそ、イカの塩辛の最高峰だと私は考えています。 オリーブオイルをタラッとやるのもオススメです。
ところで彼の彼女さんは今、おなかが大きいんですって。
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20/06/20