ぷちぐるを創めてまだ間もない頃より作り続けてきたカラスミです。 これまではボラでなく、鯛やブリの真子で仕込んでまいりましたところ、さすがに機は熟したかと思いまして、 正真正銘ボラ真子を用いた唐墨つくりを決心いたしました。
ごぞんじの通り、からすみの原料はボラの卵巣(真子)です。 なかなか普段、目にしない食材ですよね。 ではどこで入手するのか?
ここ長崎では、毎年11月頃になれば、魚屋の店先でチョイチョイ見かけます。 去年の暮れは、都市部のデパート鮮魚売り場でも目にしましたねそういえば。
今回は行きつけの魚屋さんで、「どうしてもボラ真子でからすみを作りたいので何とかしてください」と頼みこんで競り落としてもらいました。
それにしても艶々ですねボラ真子は。 血管の多いブリやタイとは大違いです、あ! もしかするとこれ、ボラ真子でからすみを作るようになった理由のひとつなのかもしれませんね。
薄い塩水の中にボラ真子を浮かべ、血管の太い所に串を刺し、穴を開けて串先で、血をしごき出してまいります。
と書くとなんだかメンドウな作業に思えますが、とにかくボラ真子は血管が少ないですから楽なんです。 といいますか、それほど神経質に血抜きを行わなくとも綺麗なからすみに仕上がりますのでご安心を。
万が一真子本体に穴を開けてしまったり、はたまた最初から開いていたりしてもあわてずに。 小穴ならば干しているうち気にならなくなりますし、大穴だって自分で食べるんですもの、干す際整形可能です。
血の他にも膜や汚れがある時は、やさしく取り除きます。
※万能細胞が実用化されたら真子の穴問題ともおさらばできちゃったりして。
掃除の済んだ、真子の上から塩をドッサリ振りかけます。 表裏くまなくまぶしましょう。 塩の量は気にしません、あとで塩抜きしますから。
あとは密閉し、冷蔵庫内で1週間寝かせます。 はじめの数日は、真子から水気がドッサリ出てきますので、それは適宜水切ります。
さて1週間が経ちました。 真子を静かに取り出します。 あれほど塩を振ったのに、塩の姿はどこへやら。 これが塩漬け後の真子です。 水気が抜けて、固くしまっておりますね。
大きなボールに水を並々入れ、真子を入れて塩抜きします。 真子の大きさにもよりますが、2時間も漬けると大丈夫でしょう。
判断の目安としては、真子にコリが無くなる事。 コリとは所々真子に固い部分ができている事で、発見したら、やさしく手で揉んで散らします。 真子全体が均一な触感になったら十分です。
巨大な真子の場合、2時間では不十分だったりもしますので、3時間、4時間漬けておく場合もあります。
ここである程度、からすみの仕上がり姿を想像し、真子がよじれている時はよりもどし、綺麗なハート型を目指します。 血抜きした際の太い血管が、真子の内側にくるよう整形すると、美しいからすみへと仕上がります。
※真子2つが一対になっているからすみを一腹と呼び、ひとつだけになっているものを片腹と言います。
いざお日様の下、干してまいります。 こちらでは塩抜き後、日本酒に漬けましたけどそれを行いません。
どうしてか?
理由はそのほうが、からすみ本来の旨味を十分感じることができるからでした。
水気を切った真子を、清潔な板の上に置きます。 形を整えて、いざ天日干しです。 水気の多い、干しはじめのうちは板の上で真子が泳ぎ、落下してしまう恐れもありますから目を離さぬようにお願いします。 2、3時間も干したら安定してくるでしょう。
乾燥してゆくにしたがって、芳香は増してまいります。 それに釣られてハエが寄ってきますから、干物用の虫よけ網の中へ設置しておくと万全です。
※中には虫よけ網の網目すらくぐり抜ける事のできる猛者も現れますから十分監視しておきましょう。
日が昇れば干し、沈めば屋内の風通しの良い所にとりこむ、という作業をくり返します。 日中干している間は、1時間に一回表裏を返す等自分なりのルールを設けて厳守します。
雨の日はどうするか? もちろん屋内に干すんです。 扇風機で風を当て、時折風の向きを変えて干ムラができないようにしてあげます。
毎日お守りをしているうちに、きっと真子、否もはやからすみです。 これが愛おしくなってくるでしょう。 干すにしたがいキャラメル色を帯びてきて、次第に上質な干し柿のような色味を呈するようになるでしょう。
干しているうちにシワや、汚れがつく事があります。 その際は、お気に入りの日本酒で、丁寧に拭いてあげてください。 拭いては干し、干しては拭き・・・最早からすみの事が頭から離れなくなっているのではないでしょうか。
約1週間・・・あなたは見事成し遂げました。 長い苦労もなんのその、今目の前に、光るからすみがあるはずです。 大変おつかれまさでした!
※約1週間干すと、おおよそカラスミの完成となりますが、これも真子の大きさにより前後します。 大きいものでも10日ほどでイケるはず。 指でからすみを押してみて、柔らかすぎる所がなくなれば干しあがりです。 干し加減にも好みがあり、 カッチカチが良かったり、若干レアさが残る感じが好きな人もおります。
干している期間に、時折アクリル板等平らなもので上から圧をかけると皮がピンと張り、より美しいからすみになります。
左が何の世話もせず、単に干しただけのからすみで、右がせっせと守りをしたからすみです。 真子と真子の間にスキマができると不格好な事がお分かりいただけるでしょう。
干してまだ固くなる前に、しっかり手で形を整えてあげる事が大切です。
今日本で流通しているからすみのほとんどが、オーストラリア産をはじめとする外国産です。 「台湾行ったら安かったんで、山のようにからすみ買ってきた!」という話もよく耳にしますが、 自らの手で丹念に仕込んだものとは比べものになりません。 味はさることながら、そこにはからすみに対す愛があるのですから。
からすみは長崎にてつくるものを最良となす。 その色、うすきを良しとし、赤または黒みを帯びたるを下品とす。 近年、台湾にて製するもの、価廉なれど味良いからず。 また台湾近海にてとりたるものを、長崎に運びて製するものもあり(荷風日記:うなぎ屋大和田店主談・昭和9年)。
東地中海産の魚の卵を塩漬けにしたブータルグ(からすみみたいなもの)は、古代エジプト時代から知られていました。
今でも多くの国々で人気があり、有名なギリシャのタラモ(タラモサラダの原料)に似た味がすると表現されます。 イギリスでも人気だとか。
ブータルグの原料はボラまたは黒マグロの卵で、製法は様々です。 シシリー島では薄皮を破らないよう注意して取り出したマグロの卵を使います。 卵を台に並べ塩を振ってから、飽和食塩水を数回に分け注ぎかけ、塩分を浸透させます。
次に粉塩で塩漬けし、重石をします。 塩を毎日新しいものに取り換え、重石も徐々に重くし、塩を完全に染み込ませます。 それから風通しの良い所に吊るして乾燥させます。 四角に成形され、非常に大きく、重いもので7キロになります。
ごぞんじボラのものはずっと小さく、細長い形に圧縮し、ワックスでコーティングして保存します。 主にコルシカ島、チュニジア、エジプト、トルコ、サルティニア島で作られます。 薄くスライスし、油と酢、胡椒をかけて食べます。
「からすみ高ぇー」って当たり前です。 だってこれだけ手間がかかるんですから。
17/01/30