究めたつもりになっていましたねえ……鰹のたたき。
どちらもこれ以上手の入れようのない程完成されたレシピだと信じ込んでおりましたが、違いましたねえ……。
先日都内でお会いした83歳のちょうど、宇野さんとよく似た品の良い方は、何でも生まれは高知県だとかで、足摺岬から渦を巻く黒潮を眺めて育ったそうです。
東京に出てきてあちこちでたたきを食べてみましたが、ひとつも納得できる品が無く、帰郷する度に自らの手でたたきを作ってワシワシかぶりつくのが楽しみだったそうです。
裕福な家で育った婦人は、若い頃から身の周りの世話等は全てお手伝いさんにやってもらっていましたが、鰹のたたきだけは自分で作らねば納得の味になりませんでした。
以下婦人に成り代わったつもりで記します(長崎弁とよく似た感じの話し方でしたがいくぶん聞きとれない部分が多かったので私なりの解釈で方言しますあしからず)。
みんなね、美味しいたたきを作ろうと思えばまず脂のテンと乗った秋の戻り鰹とか言うでしょ、そもそもそれが間違っている。
新鮮な鰹だったら、何でん良かと!
魚屋でさばいてもろうたら、背の部分だけ2本もらってくるとさね。
腹は、身の薄かし切っても見栄えのせんでしょが、だけんたたきて言うたら「背中ば2つ」これば覚えておかんねね。
鰹のたたきは藁炙り以外は認められません。
藁で焼くていうよりも、燻すと表現したほうが近かね。 藁で炙るけん、煙の薫りのしみ込んで美味しかたたきになるとさね。
焼く時よく職人さんとか背に串ば売ってから焼くでしょが。 あればマネしたらダメ!
扱いにくいし、安定もせんし、ありゃただ格好つけとるだけたいね。 だから家では魚焼き網ば使います。 あの魚ば挟んで焼く網のあるでしょが、あれに背中ば二本挟むとよ。
そして藁ば燃やして、その上で網ばヒラヒラさせて皮面の黒々するまで、身のほうは赤味の消えるまで炙るとさ。
炙ったらすぐ、冷水に焼き網ごと浸して芯まで冷やす。 これは秘訣! もたもた網からはずしよったら、その間にも身に火の入るけん、これが美味しくなくなる原因ね。 冷めてからゆっくり、網から外せばよかとにどうして皆このやり方の思いつかんとやろかね。
最近は気の効かん人が多か。
高知ではね、寿司に柚子の酢の効いとれば「柚の酢の効いちゅう」て表現すると。 だけんしっかり者の事ば「あの人はしょう酢の効いちゅう!」て表現して褒めるとさ。
だけんがあんたも「酢の効いちゅう!」て言われるごと頑張らんね。
冷水に浸したら網からもキレイに身のはずれるものね。
はずしたら水気を丁寧に拭いてから切ります。 この時都合の良か事に、網の跡が身についとるやろ、その幅が大体2センチだから、その跡を目安に切れば良いという事になるね。 どうね、私は酢の効いちょるやろが!
皿鉢におろし大根ばたっぷり敷いて、その上に鰹ば盛り付けます。 そしたら青紫蘇やら、おろした生姜やニンニクば所々落としてから、この皿を冷蔵庫で3時間冷やします。
冷えとらんたたきは、喰われん!
そしたら次はタレね。 酒とみりん、酢と醤油ば合わせてこれも3時間冷やしておくと。 何、酒とみりんは煮切るのかって?
どうせたたきば食べながらガブガブ呑むとやけん酒を。 その辺は好いたごとせんね!
食べる寸前になったら皿鉢にタレを回しかけて一心不乱に楽しむとたい。
食べ終わった後の皿にはタレやら大根の残っておるやろ、あれば残したら失格です。 魚のエキスの滲み出とる汁ですもの、皿鉢ばかかえて全部飲み干して、綺麗な皿にできるごとなったら、あなたも一人前です!
20/08/26