かつて『長崎最強』と謳われたスッポン料理屋がありました。 その店の名は『まるや』。 初めて行ったのは、二十歳になったばかりの時でした。 先輩が常連だったのです。
まだ酒の飲み方も知らない頃で、ただ山ほど飲んで騒げば楽しい、と思っていた頃です。 狭い店内は大賑わいで、カウンターにこしかけると目の前に惣菜の大皿がズラリと並んでいます。
目の前ではオールバックで肌ツヤの良い大将がにこやかに、忙しく、魚をさばいています。
その大将に、スッポン鍋とはなんたるかを教わりました。
初入店にも関わらず、丁寧にスッポンの食べ方云々を教わり、自然と意気投合し、店を閉めた後三人で飲み明かしました。 「なんでウチがまるやて言うか知っとるや? まる、はスッポンていう意味さね」
それから足繁く通うようになり、スッポンをつまみながら酒飲みへの道を歩んでいきました。
お金が無いときは「今日のお勘定はいくら飲んで食べても3000円均一!」とか、 はじめてのお客さんがいけすで泳いでいる魚を指して「あの魚って食べられるんですか?」と聞くと「食われん魚のまるやにあるわけなかろうもん!」と、 魚を引き上げ、刺身にし、「はいこれが食われん魚」と魚の返り血が飛んだ顔で、そのお客さんにサービスしたり、 店が大混雑でにっちもさっちも行かなくなると唐突に飲んでるオイをウエイターとして活用します。 厳しく。
店がヒマなときはスッポンをどうやって調理するのかを逐一教えてくれました。
そんな『まるや』にも、結婚してからは足が遠のき、年に2、3度行く程度になりました。 子供ができるとよりいっそう行くことが難しくなりました。 しかし、たとえ飲みに行けなくても、車で店の前を通りすぎる時もあり、ちょうちんが出てると「今日も楽しくやってるんだろうなあ」と悦に入っていました。
ところがある日、もう夕方なのにちょうちんが出ていませんでした。 臨時休業なのかなあ・・・と心配していたところ、閉店したのだと風の便りに聞きました。
せめてあと一度だけ行っておきたかった、と悔やんでなりません。
こうなりゃ家で、スッポン鍋を作って喰いますから!にいさん!!
まずは活きスッポンをおろします。 おろし方はすっぽんのさばき方をご覧ください。 スッポンの切り身が売られているのを見かけたことがありますので、そちらを使われてもよいかと思います。
鍋に昆布を浸しておいて、火にかけます。 沸騰寸前に引き上げて、そこへスッポンの切り身を加えます。 中火程度で20分ほど煮ればゼラチン質も柔らかくなり、 もう食べることができます。 その際アクが沢山でますので、こまめにすくい取ってください。
※スッポンを煮る際、鶏ガラを少々入れると別次元になります。
ポン酢に小ネギでいただきます。 肉を覆う皮はプルプルでアンコウのようです。 肉自体は鶏に近い食感ですが、どこか魚も感じさせます。 食べた後に残る骨を見ると、獣を感じます。
スッポンスープを鍋からすくい、そのままススってみると、あまりの旨味に驚くこと必至です。 スッポンみたいな外見からはこんな味のスープはとれない!別になんか仕込んだな!!と思わず勘繰るほどの、もうスッポン風味としか言い表しようのない旨味があります。 これは食べてみないと想像できない味です。 化学調味料の3倍ぐらいの旨味があるのにイヤな後味や食べた後でヤケに喉が渇く、なんてことがありません。 昆布すら余計なのかもしれません。
ポン酢には肉のみを浸して食べ、スープは別の器に注いでそれのみを味わう、という食べ方をしました。
甲羅周辺はゼラチンエリアです。 甲羅を煮ているとトロトロになってきますので、それをしゃぶりながら食べます。
次はスッポンを唐揚げにしていただきます。 鶏の唐揚げと同じように、スッポンの切り身に 塩、胡椒をして薄力粉をまぶし、揚げるだけです。
貴重なスッポンの身です。 わずか3切れだけから揚げにしまして、同時に鶏を揚げてみたのですがこれがびっくり、 鶏にスッポンの旨味が移るんです。 ウソじゃありません本当です。 鶏唐を美味しく作る方法のひとつとして、スッポンの切り身と一緒に揚げるという方法を提案します。
すっぽんをおろした時に取り出した腸、レバーは刺身で食べることができます。 レバーはからすみを作る時のように血管の血を抜き、切り分けて、胡麻油と塩でいただきます。 旨いんだけれどクセがないんですよねえ不思議と。
腸は山葵醤油でいただきます。 内容物をしごきだした後、開いて洗ってから切り分けます。
※スッポンの赤身をポン酢で食べるのも美味です。
すっぽんをおろした時にとった血は、日本酒で割ってから飲みます。 お酒が飲めない方は、リンゴジュースで割るとよいそうです。
まるで金霧島を呑んでいるかのような漢方香があるのはどうしてなのでしょうか。 あいにく(幸い)にも目が血走って夜眠れない、ということはありませんでした。
シメはやっぱり雑炊です。 スッポンスープに洗ったご飯を入れて煮て、塩で味を調えます。 仕上げに溶き卵でも流し込んで完成です。 もう美味しいとかそういう表現は要らないですよね。
10/05/16